「Unknown」との待ち合わせ場所

世界中の誰とでも繋がれる、と言われているインターネット。

事実、私はフランスに住む友人と頻繁にメールのやりとりをしているし、アメリカのニュースサイトから毎日メールマガジンが届く。

それでも私は疑問を持っている。

誰とでも?

そして、どこにでも?

 

その証拠となる現実は、ささいなことから始まるに決まっている。

例えば、ある日あなたのもとに届くこんなLINEメール。

「君はだれだい?」

 

その時あなたは、ベッドの上で何か面白い記事や動画はないかとスマホをいじっているかもしれないし、ソファに寝そべってテレビを流し見しているかもしれない。

「君はどこにいる?」

 

あなたはもちろん無視する。

こんなメールを送ってくるのは、出会い系サイトへの勧誘か、何かあやしげな商材を売りつけようとしているに決まっている。

でも、次のメールであなたは警戒を緩めるかもしれない。

「今暇なんだ。ちょっと相手をしてくれよ」

 

休日の昼間か、夜眠るまえの一時か、とにかく我々の日常には真空のような時間が存在する。そんなときに、テレビやネットのコンテンツなどに関心が向くわけがない。社会に配信されているコンテンツへの興味関心は、ある時間と空間にあるからこそ生まれる。この時間は本来、我々の人生の重大なことに気が付くための、人生でいつの間にか失われたものを思い出すための大切な時間なのだ。

でも、あなたは毎日、人生と生活をやり直すためのこの時間を「暇」と誤認している。

だから、あなたはこう返信してしまう。

「べつに暇じゃねえよ」

「おまえこそ誰なんだよ」

 

「べつに誰だっていいじゃないか」

「暇だから、話がしたいだけなんだ」

「今何しているんだ?」

 

アイコンを見ると、こんな場合によく使われる、若くてかわいい女の子やイケメンの男の子の画像ではない。

白黒の人型のアイコンで、名前は「Unknown」。

 

あなたは、おそるおそるだがメールを始める。

やりとりを始めると、Unknownは本当に、ただ話し相手が欲しかったことに気が付く。

話題は天気の話、芸人の話、芸能人のゴシップ、感情が決してざわつかない話題を振ってくる。

あなたはテキトウにその話題に合わせる。だが、少しずつ、あなたの心の底に沈殿している何かが攪拌されていることには、まだ気が付かない。

 

Unknownは、あなたが何を言っても否定しない。

ただ「そうだね」とか「それはひどいな」とか言うだけ。

しかし、これらの言葉は、あなたの心を少しだけ持ち上げ、心の沈殿物を流しやすくしている。

あなたは、いつの間にか、生活の不満を話している。ムカつく上司のこと、自分を認めてくれない会社のこと、世の中バカばっかりだということ、あなたを愛してくれる人間がいないことなど…。

 

ふと時計を見ると、もう何時間も話している。

あなたは適当な口実を作って会話をきりあげる。

 

Unknownは優しい。

「気にするな、もともとお互い暇だったんだから」

「あんたの話聞けてよかったよ」

あなたもこう言う。

「色々と話せてよかった」と。

 

次の日、あなたは少しばかりサッパリした気分で会社に行く。

いつも怒鳴り散らしている上司にも、使えない先輩社員にも、それほどムカつかない。

でも、現実があなたに最適な形で改変されたわけではない。

よく考えて欲しい。

あなたはUnknownと少しばかり会話しただけ。正確に言えば、自分のことを話しただけ。

 

数日で、また心の底に様々なものが沈殿していく。

一度スッキリした分だけ、その澱は今までよりも濃いかもしれない。

 

休日か、平日の寝る前かの一日の真空の時間、あなたはスマホをいじっている。

何か興味をひくコンテンツを探しているようで、Unknownからの連絡を待っている。

 

そして数日後、待ち焦がれたメールが来る。

「やぁ、何してる?」

こういうやりとりをした後、どちらからともなく会おうということになる。

Unknownは、待ち合わせ場所はどこでもいいという。

「君に合わせるよ。私には同じことだから」

Unknownは、あなたが住んでいる駅を聞き、それならここはどうかと提案する。

Unknownが指定した場所は、あなたが住む駅からふた駅離れた場所にある公園。直線距離で言えば自宅から数キロしか離れていない。

あなたは承諾し、場所と時間の確認をしてメールをきりあげる。

 

当日。

あなたは仕事を早く終えて、電車に乗り、初めての駅に降りる。

都会では、自宅から数分の距離のところでも未知の領域がある。数駅離れれば、来世にでもならなければ用などないのかもしれない。

でも、都市部の街は平均化し、どこの駅で降りても既視感がある。それならば、あなたはどこに住んでいるのだろう?

いや、待って欲しい。あなたが、それについて考えるのはもう少し後だ。

 

あなたは駅を降りて、約束の公園に向かう。

駅前にはチェーンのスーパーと、あなたが住む街にもあるチェーンの居酒屋、それからファーストフード店もある。

あなたはこれらを見ながら、飲みに行くならこの店だろうとか、お茶をするならあのカフェがいいだろう、そんなことを考えながら歩いている。

 

駅から少し離れると、単身用の賃貸マンションや分譲マンションが現れる。それから、古い民家に、まだ新しい建売住宅。あたなが住む街とほとんど変わらない。

あなたはこの日まで、Unknownがどんな人間なのか、どんな外見なのか、経験と想像を総動員して、あらゆる方向にむけて考えている。しかし、情報が少なすぎる。

あなたはそろそろ考え始める。自分はどこに行くのか?誰と会うのか?

 

約束の時間、約束の場所。

少しばかり木が生い茂った、都会の水たまりのような小さな公園。

あなたはベンチに座る。ベンチに座っても、全体を見渡せるほどの小さな公園だ。

 

でも、Unknownはいない。

 

正確に言うなら、Unknownを見つけることは出来ない。

 

冷静に考えてみて欲しい。

Unknownは自分のことを何も話していない。あなたは、現在の生活の関係性から生じる問題や不満を一方的に口にしただけ。それらに対して、最終的な解答をだしていない。

ならば、どうしてUnknownを見つけることができるだろう?

 

あなたは公園で、1時間、2時間と待ち続ける。

時折、会社帰りのサラリーマンやOLが公園を通り過ぎていく。

「あいつは誰なんだ」

あなたはそう思うだろう。しかし、その質問は間違っている。

それから、あなたはこうも思うだろう。自分は今まで誰と話していたのか。それから、本当に誰かと話していたのかと。

 

公園を通り過ぎていく勤め人も減り、木々のあいだから見えるマンションの明かりも減っていく。

あなたが明かすべき問題は「自分は今どこにいて、何者なのか」だ。しかし、その問題は恐ろしい。あたなはベンチから立ち上がり、スマホを取り出して、友人や知人にメールやLINEを送る。

「ここはどこだ?私は誰なんだ?」

だが、メールの返信はない。LINEには既読すらつかない。

それもそのはず。Unknownなんかと誰が話すだろう。

自分だってどこに住んでいて、何者なのか知らないのに。

 

あなたは夜の街を歩き回り、知らない駅に着く。そして、来た電車に乗る。

電車が動き始めると、あなたは再びスマホを取り出す。

だが、色々なところにメールや電話をかけすぎて、電源は切れている。

あなたはそれでも画面を押し続けるが、押すのは止めてスマホを耳にあてる。

もちろん、なんの声も聞こえない。

それでもあなたはこう言うだろう。

「君はだれだい?」

「君はどこにいる?」

あなたは虚空に向かって、ずっとそう言い続けるのだ。

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