ハイヒール不要論を唱える愛されない女達へ

先週、はてな匿名ダイアリー、いわゆる増田でハイヒール不要論を唱える記事を見かけた。

読んでみたが、結局言いたいのはシンドいから履きたくないということだろう。

 

OK、じゃあ、履かなければいい。

 

だが、ハイヒール不要論に賛同する一部の女性達に言いたい。

 

今から2、30年後、あなたがたは社会問題となり、社会のお荷物の、はた迷惑な一人となる。

そして、老後は一人寂しく死ぬことになるだろうと。

 

以下に、その理由を書く。

愛されない女について書くなんて面倒なので、ぱぱっと説明する。

 

男は女性のあらゆる部位を数値化している

ドラゴンボールにスカウターという戦闘能力を数値化する機械があるが、男にはそんなもの不要だ。

 

まずは顔に始まり、次にバストのサイズ、お尻の形や、二の腕の太さ。

ひとによっては、そこに個人のフェチ的な部位も追加されるだろう。

(鎖骨とかうなじとか)

これらを統合して総合値をはじき出す。

そして、それをコンマ何秒でやってのける。

 

「はじめまして」と声に出すときには、女性はすでに数値化され、ランキングされているのだ。

 

しかし、これらはまだ個人の美的趣味、下半身的嗜好だ。

 

あなたを値踏みするのはこれだけじゃない。

 

そこに社会軸を挿入する

社会軸とは、文字通り社会的な基準だ。

これと、最初の美的、下半身的基準を合わせて、最終的なあなたのランクを決める。

簡単な図にしたので参考にして欲しい。

女性の社会的基準軸に含まれる要素には、

立ち居振る舞い、言葉使い、気配り、教養、趣味、センスなどがあるが、

それに服装がある。

そして、ハイヒールは服装を判断する重要なアイテムだ。

 

スーツとハイヒールをピシッと着こなす女性。

こういう女性を粗雑に扱う男はいない。

 

そんな重要なアイテムの一つを不要と言うあなた、

拒否しようとするあなたの社会的ランクは大幅に下がる。

よほどの容姿でない限り、あなたはカテゴリー②の女となるだろう。

 

つまり、ヤリ捨てされてそこらへんにポイッとされるか、

ヤリたいときにだけ呼び出される都合のいい女となるしかない。

 

カテゴリー②の女性の扱われ方

それなりのお店は、それなりの格好でなければ行けない。

なら、自然とお昼はファミレスかラーメンか吉野家、

夜飲み行くならチェーンの居酒屋となる。

 

まともな男なら、そんなとこばかりに行くのは嫌だから、当然、そういうところが日常スタイルの男と付き合うしかない。

 

例えば、唯一の文化と言えばEXILEで、言論といえば「やべー」しか言わない男。

フライドポテトと唐揚げを食わされ、発泡酒で酔わされ、

散らかったワンルームにお持ち帰りされ、ろくに干していないションベン臭い布団で抱かれるのだ。

 

もちろん、ハイヒール不要論を唱える女性でも、そんな扱われ方は嫌だろう。

 

カテゴリー②の女性の末路

ハイヒールは履きたくない。でも、雑に扱わるのは嫌だし、アホな男とも付き合いたくない。

 

では、どうすればいいか?

 

それはもう一人で生きていくしかない。

 

私より上のバブル世代には、青春期に甘やかされたせいで、自分に都合のいい考え方や生き方を選んだ女性が沢山いる。

それをあの世代は「自分探し」と言っている。

(あの世代は、そんな自分に都合のいい言葉を見つけるのだけは上手い)

 

ハイヒールを不要だという女性、それに賛同する女性、それは社会のルールをその時々で自分に都合よく批判する「自分探し」と一緒ではないか。

 

バブル世代には、今も「自分探し」を続けている女性が沢山いる。

その人たちは、すぐに離婚し、あるいは今も結婚していない。

今から20年後、30年後に社会問題となり、社会のお荷物となり、税金を投入して対処しなければならないことになる。

 

ハイヒール不要論を唱える女性達よ、あるいはそれに賛同する女性たちよ、

そんな社会の厄介者となりたいだろうか?

あるいは、老後、一人寂しく死にたいのか?

 

最後に

こう言うと、こんな言葉が返ってきそうだ。

「いいもん。内面を見てくれる男のひとを探すから」

 

では聞くが、あなたは男を見てくれで判断していないのか?

学歴や職業や年収で判断していないのかと?

 

この広い世界には、世界も人間も実相で判断している優れた男がいるのは確かだ。

だが、そういう男は、同じような素敵な女性と結ばれるので、

その時々で、自分に都合よくルールを批判する女性など相手にしない。

 

そもそも、美しくスーツとハイヒールを着こなす以上の「内面」をあなたは提示できるのだろうか?

ハイヒール不要論を唱える女性とそれに賛同する女性には、

美しくスーツとハイヒールを着こなすこと、それ自体が優れた「内面」を表現していることを理解できないだろう。

 

大人の女性ならウダウダ言わず、こんな靴が似合うよう努力した方がいい。

フェラガモのハイヒールは、男から見ても美しい靴だ。

最近では、リーガルもレディースシューズ作ってるんだな。

メンズシューズはかなり履きやすいが、レディースはどうなんだろうか。

でも、このぐらいの靴は履いて欲しいものだ。

 

そうそう。言い忘れていたことが。

たまに、すっごい美人でまったく服装を気にかけない女性がいるが、

そういうひとを引き合いにだしても無駄だ。

 

美しいこと、それ自体が社会のあらゆる場面でどんな服装よりもフォーマルなのだ。

イイネ!かツイートしてもらえたらめちゃくちゃ喜びます!